イギリス・レスター便り

イギリスのイングランドのちょうど真ん中あたりのレスターから、イギリスの文化や、日々の暮らし、またファンドレイジングについて更新して行きます。

ショートトリップ:コヴェントリーCoventry

2017年7月25日(火)

今日はパートナーが1日外出する予定だったので、私も1日一人で出かけてみることにしました。

どこに行こうかと考えていた時、「イギリス」のガイドブックがまだ船便の箱の中。しまった!それでネットなどで探していたところ、レスターからローカルバスでコヴェントリーというイギリス第5の大都市に行けることが分かり、行ってみることにしました。

 

家の近くからバスに乗り、一旦乗り換えてコヴェントリーへ。

びっくりしたのは小さいバスなのにハイウェイに乗ったこと。すごいエンジン音で不安になりながらも、1時間と少しでコヴェントリーに到着。しかしこの日もどんより曇り空。気温は15度。さ、寒い!

 

まずは今回の旅の目的の一つ、ホワイトフレアーズ修道院跡を目指します。

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ホワイトフレアーズとは、12−3世紀頃の修道院の派の一つ。男性だけの修道院です。この建物はその修道院の一部だったそうです。建てられたのは1342年。その後家としても使われ、近代ではYMCAがホステルにしていたというからびっくりでした。

この史跡のすぐ横がハイウェイ。後ろは大学。ここだけ時代に取り残されたようでした。

 

ちょっと歩いて、あまりに寒いので、休憩。イギリスは無料の美術館が多いですが、必ずと言っていいくらい、カフェがついているので、便利。トイレ休憩にも使えます。

f:id:Juncouk:20170726225332j:plainかじりかけですが・・、温かいミルクティーとレモンダズルケーキ(レモンケーキにアイシングの砂糖がかかったケーキ)をいただいて、パワー充電!

 

しばし温まった後、せっかくなので少し美術館とお土産コーナーを見て、次は大聖堂を見に行こうと、入った時と別の出口から出て見て、びっくり。しばし動けないくらいの風景が目の前に広がっていました。

f:id:Juncouk:20170726225542j:plainこれです。

少し分かりづらいですが、左の塔と枠みたいのが旧大聖堂、真ん中から左の近代的建物が現在のコヴェントリー大聖堂です。

コヴェントリー大聖堂は、12世紀に建てられた大聖堂でした(元はSt. Mary Church)。もともとコヴェントリーは自動車産業で栄え、第二次世界大戦時にはその力を活かし、戦車などを製造していたそうです。結果、ドイツのナチスから狙われ、コヴェントリーは11時間の絶え間ない空爆、地雷、地上戦を受け、この大聖堂も空爆を受けて、外壁だけがこうして今も残されています。その後、1962年にHope、希望の象徴として世界中から公募したデザイナーのうちの一人が、右の新しい大聖堂をデザインし、新たな大聖堂が生まれました。

 

f:id:Juncouk:20170726230002j:plain旧大聖堂内部です。中はベンチなどもあり、市民憩いの場になっています。でも、ステンドグラスが壊れ、枠だけ残った外壁に、胸が締め付けられそうでした。

 

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少し分かりづらいですが、大聖堂内部にこんな十字架が飾られています。

ここの大聖堂の一番トップだった方が、空爆の時、壊れゆく大聖堂から空を見上げ、「Father, forgive!」と叫びながら、近くにあった鉄釘を十時にして空に掲げたと言います。そのため、今でもこのコヴェントリーの宗派は「カギ十字」が象徴になっているそうです。

 

新しく建てられた大聖堂の中も行ってきました。

外から見ると無数の窓があるように見えた部分には、ステンドグラスが入っていました。希望の象徴として、宗教や民族を超えて連帯できるよう、様々な色を入れ、キリスト教色をあえて消したそうです。

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大聖堂内部はこんな感じで、とても近代的です。

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この大聖堂の中を見学していると、左側に別のお祈りの場?が見えたので、聞いてみたら「どうぞ」と言われたので入ってみて、腰が抜けそうなくらいびっくりしました。

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そう、千羽鶴です。

ここは平和を祈り、「今困っている人たちに」に思いを馳せ、みんなで共有し、祈る、そんな場所だそうです。(Chapel of Unityという名前が付いていました)

空爆を受けて破壊された大聖堂は、原爆を受けて被害を受けた原爆ドームに共感し、双方で交流を続けているそうなんです。大聖堂は宗教的施設だけど、広島と交流することで、「平和を願う思い」に宗教の違いは関係ない、人として同じだと学んだと書かれていたことに、感動しました。

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今年も8月6日、ここでみんなで千羽鶴を折り、祈りを捧げるそうです。日本人として、ここに偶然にも来れたこと、すごく感謝しました。

 大聖堂を出ようとした時、偶然大聖堂のスタッフなのか、一人の女性がマイクで観光客に大聖堂の説明をしてくれました。15分弱でしたが、その中で「コヴェントリー大聖堂は希望の象徴です。過去の悲しみは変えられないけれど、希望を持つことは誰にでもできます。今困っている人たち、難民、囚人などの人たちを思い、宗教、人種、言葉、全てを超えて、みんなで連帯しましょう。今日がその始まりの日になりますように」という言葉が印象に残りました。大聖堂なのに、そう言えてしまうことに、改めて胸がいっぱいになりました。

 

大聖堂を出て歩いて行くと、大きな像が街の真ん中に建っていました。

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この馬に乗っている女性はゴダイヴァ夫人(Lady Godiva)。

Wikipediaによると、

「コヴェントリーは1043年、領主であったレオフリック (Leofric) とその妻ゴダイヴァ夫人(Lady Godiva) により、ベネディクト派の修道院が設立されたことに端を発していると言われてきた。領主レオフリックとゴダイヴァ夫人については有名な伝説がある。重税に苦しむ領民を気の毒に思ったゴダイヴァが、夫レオフリックに税を軽くするように申し述べたところ、レオフリックはゴダイヴァが慎み深い女性であることを知りながら「お前が全裸で馬に乗って町を一周したら考えてやろう」と言った。悩んだ末にゴダイヴァは決意し、町中の民に外を見ないように命じた上、長い髪だけを身にまとって馬で町を一周したのである。町民はみな、このゴダイヴァのふるまいに心を打たれ、窓を閉めて閉じこもった。これにより、レオフリックはやむを得ず税を軽くしたという。なお、このときにただ1人外を覗いた男がおり、これがピーピング・トム (Peeping Tom) という言葉の由来になったという。」

ということだそうです。結構有名みたいで、これを見に来る人もいるそうでした。

 

歩き続けていると、コヴェントリーマーケットに出ました。屋内に野菜から服まで、お店がいっぱい。なんだかアジアのマーケットのような雰囲気を感じました。ここ、イギリスだよね・・・。どうやら八百屋さんは「ひとかご1ポンド」で売るのがコヴェントリー流なのか、そうやって売っているお店がほとんどでした。

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時刻はお昼過ぎ。事前に調べていた時にコヴェントリーにIKEAがあることを見ていたので、ランチを兼ねて行ってみました。6階建てで大きい。

f:id:Juncouk:20170727010037j:plain日本でも安いホットドッグは60ペンス、90円ほどでした。どれも安くて、魅力的でした。

 

最後に自動車産業が栄えたコヴェントリーらしいTransport Museumへ。ここも無料。自動車産業の歴史をたくさんの車と一緒に展示していました。自動車好きの人にはきっとたまらないスポットでしょう。

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ここまで見て、最後にやっと晴れてきたのでもう一度大聖堂に行ってみました。曇り空の午前中とはうって変わり、まさに「Hope 」を感じました。たくさんの歴史が重なったコヴェントリー。改めて人を思いやる温かさ、大切さを感じながら、帰路につきました。

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